座布団ケーキ事件
ある日、帰宅すると家には誰もいなかった。
台所から甘い香りが漂ってくる。
ケーキの香りだ。
早速台所へ潜入である。

ところが、いくら台所を探し回っても、ケーキの姿は影も形もない。
匂いはすれども姿は見えず
のようだ。

空腹は人の思考を狂わせるという恐ろしい作用を持っている。
普通ならあきらめてさっさとコンビニに行くところだが、異常にしつこく探す私。
鼻をひくひくさせると、テーブルの上においてある物体からケーキの香りがすることが分かった。

しかし、どう見てもそれはケーキには見えない。
例えるなら、
茶色く丸い座布団
大きさと厚さはちょうど
ムートン円座布団くらいである。
そうとしか思えぬ。

あまりに不気味な物体の前に私は凍りついた。
そして、恐ろしいことにその物体は一つではなく、
二つ三つとテーブルの上に転がっているのである。

その物体を指でつつくと、ぶにゅっやや固めのゴムのような感触であった。
不気味さが増しただけだった。
その物体のすぐそばに鼻を近づけて匂いをかいでみた。
見かけは座布団、感触はゴム。
しかし、匂いはケーキ。
恐怖である。

しかし、空腹には勝てない。
空腹とは恐ろしいものだ。
私の手はためらいながらもその
ムートン円座布団(ちょっとヤな色合い)に伸びた。

触感がゴムだったその物体は食感もやっぱりゴム
ぶにゅっとイヤ〜な感じだ。
味は幸いなことに
焦げ臭いスポンジケーキだった。

しかし、空腹には勝てない。
空腹とは恐ろしいものだ。
私はその物体のうち一つを
完食してしまったのである。
食べ終えての感想は、「なんか
苦い……」。

待て、これは本当に食べ物だったのか、私よ。
食べ終えてから自問自答する私。
そんな判断は食べる前にできそうなものだが。
やばいのではないか、私よ。
何とかして吐いておくか排泄しておくべきだろうか。

自分の行く末を心配しながらドキドキしていると、母といとこのK子(ヂョシコウコウセイ)が帰宅した。
母はテーブルの上の物体が少なくなっているのを見ると「
ゥオ〜ホ〜ッホッホッホ」と笑った。
「K子がケーキを作りたいって言うから作っとったんやけど、出来上がりが気に入らんとかで何回も作り直して材料がなくなったけん買いに行ったんよぉ〜。あ〜、アンタ、失敗作食べてしもたんか〜?」などと言っている。

……あれはケーキだったのか?
座布団にしか見えないが。
どういう作り方をすればあんなケーキになるのだ?
とりあえず生命の危機は去ったが、疑いをぬぐえない。

母とK子はケーキを作り直し始めた。
果たして、どのように作っていたのかと言うと……。

ホットケーキの素を牛乳でぐにぐにとこねて、炊飯器にそれを突っ込んだのである。
しばらくすると炊飯器から甘い香り。
ほかほかと蒸気が上がった。
出来上がったのは茶色い円座布団である。

母は「アンタは色々材料や道具そろえてたけど、ケーキなんざ、炊飯器がありゃ焼けるんじゃ。ホホホ。こんな簡単にできるんよ〜」などと浮かれている。

K子は「今度はうまくいった」と言っている。
私には
テーブルの上に転がっている物体と大差ないように見える。
成功作の触感はやっぱりゴム。食感もしかり。

……そして、茶色の円座布団の失敗作も成功作も家族の腹に納まった。
我が家はみんなケチなので失敗=捨てるという思考を持ち合わせていない。

お菓子作りをしたいという年頃の乙女の気持ちを理解できないでもないが、K子よ、フツーにオーブンと焼き型で作れ
そのほうが絶対においしい。
あと、母よ。
妙なケーキの作り方を若者に教えるのはやめたほうがいい。
なにしろ、母は昔ケーキ教室に通っていたくせにケーキ作りは絶望的に下手で、材料をきちんと混ぜないものだからケーキの中にはボソボソの小麦粉の塊が
イヤと言うほど入っていた。

小麦粉爆弾のようなケーキを作る母と炊飯器ケーキを疑問に思わないK子。
これからも絶対に食べ物とは思えないケーキを作り出すであろう危険な二人である。
止めたほうがいいかもしれないが、
ネタになると思うのでこのまま放置しておくことにする。
でも、体に影響が出ないか心配だ。


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